選択

第一優先とは言うけれど・・・

 可能であるなら、選択をするなら第二優先も第三優先も叶うほうがいいのだろう。そうでないなら、否定をはねのけるくらいの第一優先、直感が理想なのかもしれない。迷っているということは、それを信じることができないか、実は第一優先でないか、いままでの経験則等で行動ができない、怯えているのどちらかかもしれない。ないものねだり、その選択に対して責任がとれないのかもしれない。

 無謀と勇気とは何だろうか。人によるが普段の生活で山登りのような、命が係わるくらい責任が伴う選択をする機会はあまりないのかもしれない。そのまま進むべきか、待機するべきか、退くべきか。進ことだけが勇気だろうか。確かにその後何も問題なければ、その目的地に近づくことはできるのだろう。今この瞬間にだけ懸けるのならその選択も間違いではないのかもしれない。当然に失うリスクも大いにあると思う。すなわち、今後同じ心身の状態で行動する機会がなくなる可能性も秘めている。
 一方で待機と退出はどうだろうか。保留という意味での待機ではあまり良くないのかもしれない。ただ、天候の環境が悪くなる可能性があるなら、必要な待機となるだろう。また、退くことも今回のチャレンジを失う代わりに、またチャレンジする機会を得られるという考えもできる。その時の価値観、判断、リスクでその行動をすると思う。

 進むか、退くか、待つか。言葉では簡単だが、その選択がどのように決めたか、保留したか、そもそも決めてもいない場合もある。私はそうだが、だいたい現状維持が多い。決めてもいなく、ただだらだらした結果続いてしまっているという状況だ。今その行動は何も考えずに現状維持しているのなら、あまり良くない、むしろ悪癖だと思う。せめて前向きでありたい。買い物をするとき、「お金がないから買えない」という後ろ向きな選択が今でも多い。「お金を出してまで今はそれを買う時ではない。その代わり、他のいいものを買います」というくらいの心意気が必要だ。

 仕事、日常生活、集団行動などどういう価値観、考えで現在の状況を作っていいるのか、作られているのか、維持しているのか、維持してしまっているのか、考えるべきだろう。後ろ向きな考えなら、どうしたいのか、そのためにはどうしていくのかを頭の中だけで整理せず、口でも紙でも吐き出さなければならないだろう。私みたいに頭だけでリスクを考えてばかりで、普段行動的でなければ積極的に進むべきだろう。無謀なくらいがいいのかもしれない。忘れてはいけないのは、必ず待機や退出、ルート変更が必要な時が出てくる。その選択をするため、納得するためにどうしたいか、どうしていくかを真剣に考えなければならない。時期、レベル、別のこと、休憩、関連のこと。何が問題なのかを整理し、その上でどうしたいのか、何をやらないで何をやっていくのか、少しずつ整理整頓していき、行動していく。

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